勉強の結果は「机に向かう前」に決まる
過去に何度か読み、あまりぱっとしない印象だったのだが、今からまた勉強をしようと思っているので目について再度読むことに。
私の眼は今まで節穴だったのだろうか。
- 作者: 池田潤
- 出版社/メーカー: サンマーク出版
- 発売日: 2013/08/20
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログ (2件) を見る
なかなか良いことを言っている。私が過去に主張してきた、勉強するなら、その勉強内容よりも先に、勉強法を学べというのが本書にも書かれている。
この私の主張に関しては過去の記事を参照してほしいが、本書のタイトルがまさしくその通りだ。勉強の結果は、机に向かって何かを読み始める前、問題を解き始める前の、その目的で変わってしまう。
今日はどこまでテキストを読もう、何問解こう、ばからしい。
内容を覚える、理解する、理解しているか試すのではなく、文字列を読むことが目的となってしまっている。
多くの人が「勉強したフリ」をしているだけで、実は「まったく勉強をしていない」ということです。
勉強で大事なのは「形」ではありません。「中身」です。
本当にこれだ。図書館なんかで本を読んでいると、参考書を積み上げているのに、その参考書には一切手を触れず帰る人、教科書の内容をノートに写経しているだけで、ノートを読まず教科書で勉強している人、ノートを色ペンでカラフルに着色している人。すべて、勉強していますアピール、形でしかない。
勉強とは何か、目的は何かということがわかっていない。やろうとしていることの本質がわかっていないからそうなるのだ。
旅行に行こうというのに、観光ガイドを読んで旅行に行ったのと同等になるだろうか。体験が目的であるのに、体験した人の記録や写真を読んで、その本質がわかるだろうか。
要領が悪いとは別の言い方をすると「本質を見極めることができない」ということ
まさしくこれだ。
私がどれだけ読書をしたところで、
本を読むという行為も、それ自体は形式
本質を知ろう。