ゴミ箱の中のメモ帳

まだ見ぬ息子たちへ綴る手記

ちょっとややこしい

ここ数日、フリーソフトウェアの自由について考えて記事にしてきたが、何だか面倒臭くなってきた。
フリーソフトウェアについてでも、それについて考えることについてでもなく、きっかけになったことを調べてみると非常に面倒くさい。

かかわると面倒くさい人 日経プレミアシリーズ

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内容を書くと私も巻き込まれる可能性があるので書かないが、本当に面倒くさいことってあるもんだ。人は社会に出れば批判されることは当然にあり、それを受け止めることも、外に出るものの覚悟であると思っているが、それがそうと思わない、自分のご都合主義に、自分は正しくて、自分が正しくないと感じるのは社会正義として正しくないと思う人がいるのだ。

そんな人がいても良いし、その人を批判する気もないが、人には好みというのがあるのだから、その好みにより人を批判するのも自由である。これは言論の自由であり、他人の権利を害さない限り守られるべき権利である。
その好みにより何かを批判するなと押し付けるのは暴力的であり、それこそが他人の権利を抑圧している。

自分の考えを人に押し付けるという行動は、人を批判する以上の行動、批判しているだけではなく、自分の考えを人に強要していることにならないだろうか。

「めんどくさい人」の取り扱い方法 (PHP文庫)

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鈍感な世界に生きる 敏感な人たち

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職場にいる不機嫌な人たち

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