ゴミ箱の中のメモ帳

まだ見ぬ息子たちへ綴る手記

ハードディスクの容量

あのさ、なんでさ、パソコンのHDDやらSSDやらの容量に何百ギガバイトも要るの?何に使うの?

私も今後のメンテナンス性のためにしかたなく現行の何百GBやらのHDDを使ったことがあるが、容量の10%も使わなかった。それから更に時代は進み、数TBというのが基本になり、8TBのHDDも四万円以下で売っている。

技術が進み大容量のものを作ることが出来、さらにそれの価格が安くなることは良いことかと思う。それが技術の進歩であり経済活動だ。

だが技術が進むこととそれを使い切ることとは別問題だ。

 

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例えば私が現在利用しているパソコンは、ノートパソコンが40GB、デスクトップが60GBのSSDを搭載している。それでもノートPCのディスク使用量は30%だし、デスクトップも38%だ。

不要なファイルもしばらくは残しておき、かなり富豪的な使い方をしてもこの使用量になる。例えば私は数年前まで4.3GBのHDDを搭載したパソコンを使っていたし、それでも十分使えていた。

例えばテキストファイルなどどれだけ入力しても600MBを超えない。600MBはCD一枚の容量であるが、10年以上テキストを入力してきてもそれの1/10程度の容量しか無い。ワードプロセッシングソフトや表計算ソフトのファイルの容量はバカでかくなるが、それでもCD一枚分を超えていない。

4.8GBのHDDを使っていた時はDVD一枚にフルバックアップが取れて便利であったし、最近であればプログラムやテキストはGitHubや他のサービスでいくらでもバックアップを取ることもできるのでいつまでもローカルに残しておく必要はない。であれば昔よりも低容量のHDDで済むはずであるし、クラウド保存なんて言うサービスで100GBが月額1000円もかからずに保存しておける。これであればどれだけバコバコとファイルを生成してもローカルに残しておくものはわずかで済むだろう。

 

だが私の周りでは1TBのHDDでは使い物にならないという声や、4TBのHDDが足りなくなってきたという声を耳にする。一体何をしているのか。もし本当に4TBのHDDが不足するというのなら、あなたはそのHDDの中身を全て覚えているのか。覚えていないファイルなど必要ないし、その必要のないファイルに必要なファイルが埋もれて見えなくなっているはずだ。

そしてその必要のないファイルがドンドンと貯まりそれを整理するのも嫌になってしまう。そしてドンドンと追加容量が必要になり、どんどんと不要ファイルの割合が高くなっていく。そして必要なファイルの維持のためにより大容量のHDDが必要になるという循環ではないだろうか。

HDDは規格上サイズが統一されているために容量が大きくなっても外装の大きさは変わらない。それ故にいくら不要なファイルを保存しても場所を取ることはない。自分の部屋であればゴミは捨てるものの、コレが理由で不要ファイルも「いつか使うかも」と思い残しておこうとするのだろう。

だがそれ故に不要ファイルと必要なファイルの区別がつきづらくなる。そのために「ファイルを探す」と言う時間を日々無駄にしている。

フォルダが一つしかなければそれを開くことには時間がかからない。だが10個有り、その中のファイルを探すのであれば、まず「フォルダ名から判断する」という時間がかかる。フォルダ名から判断できなければフォルダを開いて探すという時間もかかる。

不要になった時にファイルを削除する時間よりも、そのファイルを探すという時間のほうがより多く無駄な時間となる。インターネット上の情報も、このゴミの情報が大多数を占めるために調べるのに時間がかかる。Googleなどの検索エンジンは、このゴミ情報をフィルタリングする技術を常に研究しているのだ。

 

あなたもこの検索システムを見習い、せめて自分のローカルファイルくらい不要なファイルは残さず、すぐにアクセスできる状態にしておくべきではないだろうか。